続・好きなおにぎりの具はなんですか?

マッチングアプリがマジでうまくいかない。

マッチングはする。現在15人ほどとマッチングしているが、やりとりをしているのは2人だけだ。

この2人に対してもはっきり言って憤りを感じている。なぜ楽しもうと思ったマッチングアプリでイラつくはめになっているのか…。

 

前の記事でも述べたが「コミュニケーションを取れる男が圧倒的にいない」これに尽きる。

コミュニケーションをとれない、にも色々あり、ざっくり3パターンに分けさせてもらう。

 

   1.  何モクか分からないが、とりあえず会おうとしてくる

とりあえず会おうとしてくるため、会話が成り立たない。こういう男に限ってなぜかプロフィールに「メッセージを重ねてから会いたい」「気が合えば会いたい」と書いてある。メッセージのやり取りもまともに3日とできない人間が、会えば相手とコミュニケーションをとれるとでも思っているのだろうか。そんなに文章力に自信ないニキなのか。どちらかというとコミュニケーションに難ニキだと思うが。

 

    2.  とにかく質問してくる

これは前の記事に書いた。面接官か?ってくらい質問責め。それでこちらの回答を拾って、会話をつなげていくのかと思いきや「そうなんですね。ところで~(ちがう質問)」といった具合に、こっちの打ったボールをボトボト落としていく。あんたはコーチで、私は選手で、ノックをしているのか?この流れを止めるべくこちらが質問をすると、まるで「そっちが喋ってくるとは思わなかった」と言わんばかりの無視か、一文での回答。こっちの投げたボールは打ち返す気ゼロの模様。審判、審議だよ。

 

    3.  何も聞いてこない

恐ろしや。自分のファイティングスタイルとして、基本的に「いいねをされた中からいいねを返してマッチングする」を取っている。ということは、相手は自分に何かしらの興味を持っていいねをしてきたはずだ。ところが、相手からの最初のメッセージは「よろしくおねがいします!(要約)」だ。場合によっては「写真の笑顔が素敵でいいねしました(略)」 だ。もっとなんかあるだろ、と思いつつ、しょうがない赤ちゃんですね、とこちらから質問をしてみたりする。そうすると、恐ろしいことに②の後半の状態に陥る。

 

今マッチングしている2人も②と③タイプだ。

Omiaiをやっていたちょうど去年の今頃はこれほどコミュニケーションに不全を感じなかったので、ペアーズに登録している人間の層の問題かとも思うが、考えてみればOmiaiをやっていたときは私も「なるべく会ってみよう」モードでの会話運びをしていたので、うまくいっていたのかもしれない。ということは、マッチングアプリにいる男たちは「会えばなんとかなる」という理念のもと動いているのだろうか……(飛躍)。Omiaiで出会った人間とも大して楽しい時間を過ごせなかったので「会えばなんとかなる」は、お互いに幻想なのだが。

 

「好きなおにぎりの具はなんですか?」問題とマッチングアプリ

またマッチングアプリでキレ散らかしている(2020.3.7から再開)。

現状5名ほどマッチングしてやり取りしているが、なんでどいつもこいつもプロフィールを読まない!?

「休日は何をしてますか?」

「お酒は飲みますか?」

「なんて呼べばいいですか?」

あのなあ、どれもこれもプロフィールに書いてある!

言いたいことは分かるよ。そこから話題を広げたいんだろう。うるせえ、どうせ「マッチングアプリで会話を続けるコツ!会話は質問文で終わらせよう!」を鵜呑みにしてるだけのくせによ。

 

「なんて呼べばいいですか?」

この質問が一番「は?」なうえに真っ先に聞かれる。

あのな、なんか面白いあだ名でもつけてくれるんか?名前なんか真っ先に目に入ってくるやろが。しかもそこから話題広がるか?

「みぽりんって呼んでくださいハート。ひろぽんって呼びますねハート」

みたいな速攻別れる昭和カップルみたいな会話がしたいならヒロポンでも吸ってろ。初対面の相手に求めるコミュニケーションじゃねえ。

 

「休日は何をしてますか?」

「お酒は飲みますか?」

これはもう本当に原文ママなのだが、エキサイト翻訳か?

せめてプロフィールを読んだうえで「休日は映画を観ると書いてありますが、最近はどんな映画を観ましたか?」だろ。これで相手がタイトルを答えてくれたらラッキーじゃん。

ここで「えーそれってどんな映画ですか?」と聞いてくる馬鹿もいる。

ググレカス。

貴重な時間をググれば済むことに使ってんじゃねえよ。

それともそれもコミュニケーションだと思ってんのか?

そりゃ対面で喋ってるんなら「それってどんな映画ですか?」って聞くのはありだろうが、これはSNSだ。あんたが今「それってどんな映画ですか?」と文字を打っているその、端末は、なんだ?

で、相手が「最近いそがしくて映画見れてないんですよねー」と返してきた場合。別にそれでもいい。会話をすればいいんだから。

「おつかれさまです。自分も忙しいときは寝てばっかりか、youtube    見てます笑」とかでいいだろ。AIみたいな質問文でメッセージを締めくくるんじゃねえ。

 

「お酒は飲みますか?」も同じ。プロフィールにテンプレでこの質問載ってるだろ。最後までスクロールして読んだのか?

読んでいたとして、どうしてもこの質問がしたい場合「おすすめのお店は?」「飲みに行きませんか?」という流れなのは分かる。分かるが、初手でこの質問をしてくる奴に関しては「いや、プロフィールで『時々飲む』を選択してるのが見えんのか?」とキレる。

「お酒は飲みますか?」なんなんだ?ひととおりのあいさつを済ませていきなり送ってくる質問がそれか?それだけ独立していきなり聞いてくるほど重要な質問なのか?何かの暗号なのか?禁酒法時代なのか?いっそ恐怖さえ感じる。

 

 

本当にそれは聞きたい質問なのか?

プロフィールを頭に叩き込んだうえでコミュニケーション取ろうとしているのか?なんだこの地獄は。

この地獄は身に覚えがある。

推しのトークショーだ。質問タイムに推しに向かって「好きなおにぎりの具はなんですか?」と聞くオタク。その質問をされた時の、推しの冷ややかな苦笑とともに発せられる、

「それって本当に今聞きたいことなんですかねえ」

という言葉だ。

なんで推しのトークショーで当てられるという幸運に恵まれたうえで、渾身の一度きりの質問が「好きなおにぎりの具はなんですか?」なのだろう?

答えは簡単。推しと仲良くなる気がないからだ。

当たり前だ。推しは推しであり、友達ではない、別次元の人間だ。

だから「好きなおにぎりの具はなんですか?」などという薬にも毒にもならない、愚にもつかない質問をしてしまう。

 

だが、マッチングアプリでそれをやるなよ!馬鹿じゃねえのか!?俺はあんたの推しか!?違うだろ!?ただの「興味のない人間」だろ!?それが透けて見える質問をするんじゃねえよ!!ちったあ頭使えバーカ!!!!!

2019年ふりかえり

1月

 

平成28年から休職していた職場に平成31年1月半ばから仮復職することが決まっていたので、1月4日の年明け早々に復職可能の診断書を病院にもらいに行く。

復職までの期間に歯医者に通院したり、休職中の体調不良で受けた血液検査の値にヤバめの異常があったので再検査に行ったり、職場の人と面談したりと、とにかく目まぐるしかった。

復職直後は午前中のみの通勤。復職初日は周囲の支えがあったにも関わらず、休職直前のブラック勤務のことが帰宅してからフラッシュバックしてしまい、号泣するなどの事件があった。だが、それもなんとか乗り越えつつ通勤。仮復職のため、午前中のみの通勤だったのに助けられた。

 

 

2月

 

再び診断書を発行してもらい、復職が確定する。1月からの仮復職期間中は無給勤務だったので、ここから給料が発生することに。私と私の前任者の歓送迎会もあった。

業務面でも本格的な一か月のサイクルに身を投じていくことになる。手帳に「疲れた」とメモされている日もある。病んでいる。

オタク的活動も並行して忙しい月だった。EXILEのライブを見に大阪に行ったり、真田丸で知り合った友達と滋賀に旅行に行ったり、当選したチケットの発券や入金をしたりしている。

 

 

3月

 

年度末で忙しかった記憶がある。混乱して先輩に泣き言を言いまくった記憶もある。

一方で、2月以上にオタク的活動の忙しい月だった。なんでこのスケジュールになったんだ。いや、週末の楽しみのために仕事を乗り切れたのだろう。

大阪に舞台『MONSTER MATES』を2ステ見に行き、福井にランページのライブを見に行き、金沢の友達のところに一泊二日で遊びに行ったようだ。

 

 

4月

 

仕事……の記憶はあまりない。よいことだ。

上旬に友達に会ったところ、マッチングアプリを勧められる。マッチングアプリの出会いで彼氏ができたらしい。ところで、この友達はマッチングアプリなどせずとも彼氏、彼氏未満の人間に事欠かない素敵な人である。それで自分も始めてみることになったが、結果として4・5月はこのマッチングアプリのおかげで、あまり普段にはない体験をした。このあたりについては別記事に詳しく書いてある。

また、なぜか賤ケ岳登山をしたり、大阪に『僕のヒーローアカデミア』の舞台を見に行って客層の若女子率におののいたりしている。

あと、平成最後の日に東京から友達が訪ねてきてくれている。この子も数か月後にマッチングアプリで彼氏ができるので、マッチングアプリの月だったと言ってもいい。

 

 

5月

 

ゴールデンウィーク中に職場の同期と呑みに行ったり、金沢と名古屋の友達2人で泊まりに来てくれたりしている。

舞台『ハムレット』を観に東京に行き、中目黒だとかにも行ったようだ。何せ第一週がゴールデンウィークで休暇だったので、仕事の記憶があまりない。

 

 

6月

 

仕事が大炎上していた月だった。あまり思い出したくない。自分の不注意のせいもあるが、御社と弊社のくせ者達に挟まれてギュウギュウに締め上げられている最中に、タイミング悪く出張に行かなければならなかったりして、しっちゃかめっちゃかだった。

週末は、大阪に『髑髏城の七人~風~』のゲキ×シネを見に行ったり、猫寺に行ったりしている。これは、わけあってどちらもリラックスできないレクリエーションだった。

 

 

7月

 

兵庫に舞台『魍魎の匣』を見に行き、同じく兵庫(だったはず)で青柳翔の新曲リリースイベントに参加している。また、静岡で大学時代の友人の結婚式に参加した。暑いような暑くないような微妙な気温だった。

仕事は相変わらず炎上気味で、カウンセリングの間隔も狭くなっている。

 

 

8月

 

やや仕事が落ち着いた。

名古屋に三代目のライブ参戦で訪れている。仕事が落ち着いたので、休むための有給を取ることができているので、余計に楽になったようだ。バランスよくいけないものだろうか。

 

 

9月

 

夏休みをもらって大阪での青柳翔のソロライブに参戦をしている。また、金沢の友達のところへ一泊二日しているし、東京で三代目のライブにも行っている。その際に国立新美術館にも行ったようだ。インクスタンドでインクを作ったのも確かこの時。

友達と夜ご飯に行ったり、後輩とお茶したり、あまり家にいない月だった。仕事は炎上していない。

 

 

10月

 

メルカリを始めたのが確かこの月。9月末だった気もする。

不要だけど捨てづらいものを手放すために始めた。結果的に、一年ほど買うかどうか迷っていたソファを安く見つけて買ったり、それに合うデスクを買ったりしている。

2019年、インテリアや部屋作りに興味を持ちだした年だったが、ここへきて具体的に断捨離、収集を考えている。

あと、友達と京都水族館に行っている。

 

 

11月

 

母と東京に一泊二日の旅行へ行き、大阪に三代目のライブに行き、その翌週にまた大阪に青柳翔のトークショーに行っている。

一方で、唐突に「実家を出て一人暮らしをしよう」という案が具体的に自分の中にわいてきたので、内見を始めている。

本当に唐突だったので家族には驚かれたが、正直、祖母との同居に心身ともにまいっていたのである。なにがどうしんどくてやばいのかは、家族にしか分からないものと思うので、これについては具体的に喋りもしないし書きもしない。

ヤバい、というサインだけはここ三年くらい発してきたが、友達やカウンセラーや家族でさえ具体的に私の苦しみを理解し、助けることはできなかったので(また、祖母を排除することもできなかったので)、このまま一緒に暮らしてうっかり私が祖母を殺したり、またはうっかり私が死ぬよりは、一人暮らしがいいと思ったのだ。名案。Change or dieとアイスも言っている。

 

 

12月

 

内見、契約、年末、引っ越しでかなりグロッキーな現在だ。部屋自体はやや予算オーバーだし、初期経費も思った以上にかかったが、気に入るところを押さえられた。

安心して眠れる、安心して食事ができる部屋を作っていきたいと思っている。

 

 

以上、振り返ってみて、

「遠征しすぎじゃない?」

と思う。

来年は多少減らしたい、というか、今年無理してあちこち飛び回った自覚があるので、あまり無理せず、自分の体力気力に見合ったオタ活、交際をしていきたい。

まあ、来年はLDH PERFECT YEAR……なんですけどね……(すでに2月の週末はすべてライブの予定で埋まっている顔)。

懲りずにまたマッチングアプリ(ペアーズ)をやっていたら、写真詐欺の男にあたった話

今回使ったアプリ→Pairs(前回はOmiai)

 

なぜこれを書いているのか

タイトル通りの案件があったからなのだが、実際思っていた以上に情緒を乱した。

写真詐欺だった男がどうこうというよりも(彼が私の数少ないマッチングアプリ経験至上もっとも変ではあったが)、彼に会ったことで私と私の友達の縁が切れかねない危機に陥った。

そのことについて思うところがあり、これを書いている。

 

 

ペアーズをやめた理由 大きく2点

 

今回、私がペアーズを始めたのが12月上旬、やめたのが12月中旬。たしか、前回のオミアイを2か月ほどやっていたのに対して、今回約2週間の短期間でやめた理由のひとつに、先に述べた男がマッチングアプリで出会った人間史上、最も変だったことがある。

そしてもうひとつの理由が、この人間と出会ってしまったことにより、勝手に私の情緒が狂い、友達をひどく傷つけてしまったことにある。

 

 

前者の理由について

 

マッチングアプリで出会った人間史上、最も変だった彼について話そう。長いです。

結論から言うと、何度も言っているとおり「プロフィール写真が詐欺レベル」だったのである。

女性ユーザーが加工アプリを使用してプロフィール写真を盛る、実際会ってみたら全然別人だった!という話はわりと聞く。それの男版だ。

私も加工アプリは友達との自撮り等で使うし、プリクラもごくたまに撮るし、友達がインスタに上げる加工済み写真を日常的に見ている。なので、写真を見ればたいてい「この写真はこれくらい盛ってるな」とわかる程度のいわゆる現代の人間だ。

ところが、彼に関しては本ッッ当に分からなかった。

後になって考えてみれば、

・おしゃれスナップカット風

・一眼レフ的ないいカメラ(頭の悪い表現)で撮った雰囲気

・彼の職業がグラフィックデザイナー

だったので、怪しい要素満載なのだが、

・とはいえ顔全体が映っている

・服装もカジュアルかわいい感じで清潔感がある

特に顔全体が映っていたことで、私はこのプロフィール写真をそれなりに信用してしまったのである。多少実物がぼやけていたとしても、そこまでこの写真と違うことはないだろう。それに、人は見た目じゃないし!(大嘘)

そう、彼と会うにあたってアプリ上のメッセージもラインももちろん行った。

私は趣味で文章をわりと書くほうなので、その人の文体から、その人の人柄を把握できる程度の能力を持っている。まったくもって、普通のいい人そうだったのだ。やり取りをしている感じでは。

ちなみに、彼と会うにいたるまでに同時並行で10人ほどとマッチングし、メッセージのやり取りをし、文章のやりとりだけで「ウヘェ」となって尻尾を巻いて逃げ出した相手達がいる。

さいわいなことに、彼は私の「ウヘェ」センサーをかいくぐり、また、私は彼の「ウヘェ」センサーにも引っかからなかった。そういうわけで会うに至ったのだが。

これも「今になって考えてみれば」シリーズのひとつなのだが、彼は私と会う前に「事前に電話しませんか?その方がお互いに緊張しないですし」と提案してきた。この誘いは正直うれしかった。気が利く人だなぁとさえ思った。

そして、いざ電話してみると、開口一番、

「プロフィール写真とイメージ違いますね」

と言われた。説明しておくと、私の声と喋り方はぼのぼのやドラえもんと近似している。

私がペアーズにのせたプロフィール写真のトップにくるものは「ライブ前に友達と自撮りした、テンション120パーセントの笑顔の写真(美肌加工)」だ。

要するに、彼が写真から想像していた私はめちゃくちゃ明るい喋り方で、よく笑い、ビシバシ気持ちのいい返事をしてくれる人間だったのだろう。

だが、私は生まれ持っての気性の荒さを、喋り方で内外的にコントロールしている人間だ。そんなことするなよ、という感じだが、そういうわけで喋り方について指摘されるとわりと情緒がぐわんぐわんになる、時もある。

というか、私はその笑顔120パーセント以外の写真(これは無加工)も3枚ほど載せていたし?そのほかの写真は落ち着いたイメージのものだったはずだ。

それに、一日働いた後、夜21時に初対面の人間相手の電話においてそこまでテンション上げられるわけねっだろっ。

「プロフィール写真とイメージ違いますね」

これは伏線です(ブチ切れ)。

 

実際に会った。

 

実はここにもひと波乱あり、本来は日曜に会う予定だったのだが、例の電話の中で土曜日も会うことになったのだ。波乱というか、私が断ればよかっただけの話なので、私が悪いのだが、私は平日働いており、なおかつド田舎住みなので、平日に服飾品を買うことが難しい(そのレベルの土地)。土曜に何かしらの買い足しをして、日曜に挑もうと思っていたのだが。

私は突然の予定変更に弱い。

めちゃくちゃ弱い。

彼に「土曜日も会いませんか」と電話で言われた時点で、頭が真っ白になり、イエスと答えてしまった。馬鹿野郎。

電話が木曜の夜だったので、私は金曜日の夜、必死で手持ちの服の中からそれなりに見える服を選んだ。別に彼のことは好きではないが、話もそれなりに合うし、なにより初めて会う人間を前に、みっともない恰好はできないだろう。

「今になって考えてみれば」シリーズその2。哀れ……この努力はわりと無駄だった。

 

 

対面―苦行―

 

そういえば、例の詐欺写真がどんな感じだったかというと、劇団EXILEの小野塚勇人をちょっと薄味にした感じの男が写っていた。どうですか?男前でしょう。劇団EXILEは2020年2月に本公演を行うのでよろしくね。

当日、小野塚くん風をさらに薄め、なんならしゃくれさせ(横顔は知らないし)、太らせた人間(数年前の写真かもしれないし)、が現れてもいいように、私はそれなりに緊張していた。

だが、当日、私の目の前に現れたのは……

なんというか、南海キャンディーズの山ちゃんを不潔にし、天パにし、やや薄毛にした感じの男だった。

マジで私は視界が白くなったし、卒倒しかけた。

私の心の中は

「誰―――――!!」「プロフィールに身長163cmって書いてあったけど153cmの私と目線が同じ!!」「なにその寝間着みたいなヨレヨレ黒スウェット!!」「詐欺じゃん!!」「変なメガネかけてる!!」「怖い!!」

という狂いなき本心と、

「ひとをみためではんだんしてはいけません」

という道徳のささやきが強烈な死闘を繰り広げている。

思ったのだが、道徳というのはあまたの本音をたったひとつの言葉で封じ込む呪いの側面を持っている。

呪いの力によって思考停止した私は、山ちゃんと連れ立って店に向かった。

本当に、こんなことを言うのは最悪だが、なんで私は第一印象で「生理的に無理」だった人間と一緒に歩いてこれからランチに向かうんだろう、という疑問でいっぱいだったが、口は勝手に雑談を繰り広げていた。

ランチはカフェの対面席で。正直、全然彼の顔を直視できなかった。プロフィール写真と彼の顔があまりに違ったのが恐ろしかったのだ。だが、どうやら本人らしい、というのは彼の顔を盗み見るうちに分かってきた。

あのプロフィール写真はおそらく「数年前に」「いいカメラで」「ちゃんとした格好の日にプロに撮ってもらって」「グラフィックデザイナーの腕によって加工」されたものなのだ。

私はFBI捜査官のように脳内にある彼の写真と、目の前の彼の耳の形を一致させようとした。人間の耳の形は、指紋と同等かそれ以上に個人を特定する機能を持っているらしい。

私がもうろうとしながらそんなことを考えている(この間も表面上は普通に会話している)

と、料理が運ばれてきた。彼がステーキセットみたいなやつで、私がなんかおしゃれなカレー。

彼はなにを思ったか「それちょっとください」と私のカレーにフォークを突っ込んできた。「もらっていいですか?」とかじゃなくてもう「ください」だし、食い気味(直喩)で突っ込んできてるし、私がまたしてもフリーズしている間にことが終わっ……ていればいいのに!彼はフォークを使っていたもんだから!カレーをぼろぼろこぼす!(キーマカレー)

きたねえなぁ……(ぼんやり)

と思っていたら、彼の話は「レンタルスペースで友達とカレー屋をやろうと思う(俺はカレーが好き)」と展開している。まあ、普通に楽しそうっすね。ところで、なんでカレーをオーダーしなかったのだ?私の頼んだキーマカレー以外にもカレードリアとかあったし、なんなら私より先にきみは「肉にする」と言っていたのに?

なんだか、すべてにおいてチグハグしている……。

 

何を喋ったかあまり覚えていない。本当に、うーん、カレーは美味しかったなということしか覚えていない。

山ちゃん「舞台観られるんですよね?なんの舞台ですか?」

私「NACSとか新感線とか、あっあとプロフィールにEXILEが好きって書いたと思うんですけど、(来年は劇団EXILEの舞台観ます)」

山ちゃん「あーっその話題触れないようにしてたのに!知らないから!」

しらけるー!知らないからなんやねん!会話する気あるんか!?

思わず半笑いで「来年は劇団EXILEの舞台観ます」とだけ言って、その話は終わらせてしんぜました。

彼はそのあと「京都の方にいることも多いから自分はそっちの舞台を観ることが多い」と喋ってましたが、私は「京都の劇団のこと知らないから!」とは言いませんでしたよ。礼儀ですので……。

はあ、今思い返すと馬鹿馬鹿しいな。礼儀をはらってる場合じゃないだろ自分。

 

 

それでなんだかんだ2時間弱くらいその店にいたのですが、さすがにつらくなってきたので、

「そろそろ……山ちゃんさんお時間大丈夫ですか?」

と、暗に店を出ようぜ、ランチだけでこれ以上居座るにも気まずい個人営業の店だし、と言ったのだが、

「え、ぜんぜん大丈夫ですよ!」

と笑顔~やめてくれ~ぜんぜん大丈夫じゃないから。

確かに「そろそろ出ましょうか」とはっきり言わなかった私が悪い。いや、悪いか?さっぱりわからん!

結局私は「実はこの後用事があるので(本当)」とはっきり言って店を出ることになった。

で、古より戦争の火種となる、お会計問題。

私は財布をスタンバイしていたが、山ちゃんは「ここは自分が」とのこと。ヘヘエ、と思いつつとりあえずレジまでついていくと、山ちゃんが言うことには「カード使えますか」とのこと。

やばいぞ、と思う私。なぜなら、厳選した気の利いた店とはいえド田舎の個人経営の店。なんなら、今年はじめて県内の駅に自動改札機が導入された地。そんな電子マネー後進国においてカード決済が、

店員さん「すみません、カード使えないんです」

やっぱりそうですよね!すみません店員さん!なぜか申し訳なくなる私。なぜかって、明らかに山ちゃんの発するオーラが負・焦・憤になったからだ。いや、そんなことで焦るなよ、まさか現金を持っていないのかい?

店員さん「2500円になります」

山ちゃん「2000円しか……」

あーはい!

私「私の1000円を!」

それでお会計を済ませ、お店を出た後に、

私「ごちそうさまです」

山ちゃん「いえいえ(にっこり)」

いえいえじゃねえよ本当に、本当に、なんにも分かっちゃいねえな。カード払いを要求して店員さんを困らせたことも、全額払うと言ったにも関わらず私にお金を出させたことも、そもそも人と会うっていうのに現金2000円しか持ってきていないことも、そういったゴチャゴチャがあったにも関わらず、謝罪のひとつもなくなんか知らんがスマートげに笑ってるあんたは、なんにも分かっちゃいない。

なんだかなあ、と思いながら帰路につく。この時にはすでに明日、日曜夜に会う予定をポシャりたい気持ちでいっぱいである。だが、なぜか山ちゃんは私のことを気に入ったようで「じゃあ明日もよろしくお願いします!」と元気に帰っていった。

理由の分からない虚しさと惨めさに襲われた私は、用事があると言って切り上げたにも関わらず、寄り道してかわいい服を買って帰ってしまった。

 

 

私はついぞ「なんで写真とそんなに違うんですか?あれめちゃくちゃ加工してますよね?別人レベルですよ」と言えなかった。

もしかしたら、彼には自分が「ああいう風(加工後のすがた)」に見えているのかもしれない。なんだか常に自信ありげな雰囲気だったし。

そうだとしたら完全に心の病気だと思う。病気ならデリケートな問題だしな、などと、現実逃避に走っていたが、この出来事はかなり衝撃的で、とても自分ひとりで消化できず、家に帰って真っ先に友達にラインした。

その内容としては「マッチングアプリで出会った男が写真詐欺だった」「変なところはあるがおおむね害はない、いい奴だったと思う」というようなものだ。

一瞬で友達から返事がきた。

「良い人が詐欺写真をプロフに使うわけねえだろうが!」

そのとおりでございます。

私は正論に打ちのめされた。

・私は身なりを整えてそれなりに楽しみに思いながら行ったのに、相手は詐欺写真なうえにヨレヨレだった

この現実がうまく飲み込めず、私は完全に闇落ちしたと言ってもいい。

こちらが正々堂々と勝負を仕掛けようとも、自分なりに誠実に向き合おうとも、相手がこちらの思った通りの反応を返してくれるとは限らない。にんげんだもの。クソめ。

私は翌日日曜日の予定をキャンセルする旨のラインを山ちゃんに送り、ブロックした。

 

どうして、どうして、という問いでもない駄々が頭の中をぐるぐると周った。

どうして私はちゃんとした写真を、身バレも覚悟のうえでマッチングアプリに載せたのに、相手は違ったんだろう。

思えば私は子供のころから「想定外の出来事」に弱く「期待を裏切られる」ことに過敏な人間だった。

酷いときなんか、生まれて初めて家族とディズニーランドに行く朝、私は楽しみなあまり「この旅がうまくいかなかったらどうしよう」とダウナーになり、軽い鬱状態を起こして家族を困惑させた(この性質の原因は、私と同じ特性を持つ父の、突然のかんしゃくに日常的に怯えていたせいもある)。

これまでマッチングアプリで2人の人間と会ったが、この山ちゃんの一件はなぜか私を徹底的に落ち込ませた。

そして、最悪なことに、私は「良い人が詐欺写真をプロフに使うわけねえだろうが!」と言ってくれた友達に対して、希釈されないままの私の心の内の「どうしてどうして」という、どろどろとした気持ちをぶつけてしまった。

冒頭で述べた『この人間と出会ってしまったことにより、勝手に私の情緒が狂い、友達をひどく傷つける言葉を言ってしまった』の部分だ。

私がそれらの言葉をぶつけてしまった後、彼女は「これ以上やりとりを続けると、あなたのことを傷つけることを言ってしまうから、もうラインを見ません」というメッセージを送ってくれた。

私は一気に頭が冷えたし肝が冷えた。

私が彼女に甘えていたばかりに、私個人の悩みを、彼女の状態も考えずに送り付けてしまった。

はっきり言って、相手が彼女じゃなかったら縁を切られていても仕方がないくらい、支離滅裂で陰鬱なラインを送ってしまった自覚がある。

彼女が見てくれる可能性はごく低いが、私は彼女に謝罪の言葉を送り、マッチングアプリを退会した。これがペアーズをたった二週間でリタイアした理由と経緯である。

 

これはブログなので、はっきり言ってこれらの出来事から学んだことはほとんどない。

私は今年ふたつのマッチングアプリであまりいい体験をすることはできなかった(体力・精神・金銭的に消耗した)結果、友達との縁が切れかねなかった、という事実が残っただけだ。

あとこれは、完全に蛇足かつムシのいい話かつ個人的な話なのだが、どうやら私はいま結婚相手より恋人を欲しているらしい、という気持ちに気が付いた。とにかく今を楽しみたい気持ちが大きい。結婚って面倒くさそうだし。特にこのド田舎の風土でやるにはかなりの覚悟、もしくは鈍感力が必要だ(この辺りは長くなるので割愛)。

私はまったくもって学習能力がないし、ムシのいい人間だ。来年の自分もきっとムシがよくて、目先の楽しさにつられ、反省をすぐに忘れる。

しばらくは他人ではなく、そういう自分自身と付き合っていくしかないのだろう。

メンタルヘルス後進国

今までやってきたことはすべて無駄だったのだろうか。

そう思える瞬間が今だ。

 

経緯は省くが、二年半の休職を経てカウンセラーのもとへ通うことになり、休職三年目を目前にして復職した。

そのカウンセラーを仮に佐野さんとしよう。

佐野さんと自分は二週間に一回のカウンセリングを行っていた。カウンセリングに通いはじめた頃は、まだ復職するかそれともこのまま退職するかにも迷っている状態だったので、佐野さんとの対話の中で「復職する」という自分の意思を固められたのは自分にとっては良いことだった。

 

ところがある日、佐野さんは失踪した。

本当に何の前触れもなく消えてしまった。

「ではまた再来週、復職についての話を詰めていきましょう」といつも通りの診察を終え、二週間後の診察当日に病院から「佐野先生は体調不良のため今日のカウンセリングはお休みです」と連絡が入った。そんなことは初めてだったのだが、寒くなり始めたころだったのでそんなこともあるだろうと思い、自分は特に不審には思わなかった。

だが、いつまでたっても次の予約に関する電話が病院からかかってこない。

あらかじめ設定しておいた復職までの期間が迫っていたし、佐野さんも「もう職場には復職の準備について話してある」と言っていた。

さすがに変だなと思い、こちらから病院に電話をしてみると「佐野先生は少なくとも一ヶ月は休みです」と返事があった。

 

純粋に驚いた。申し訳ないが、佐野さんの体調よりも「じゃあ自分の復職はどうなるんだ」という疑問が勝った。

職場への恐怖が強かった自分は、職場との連絡のいっさいを佐野さんに任せていたので、このまま一ヶ月、もしくはそれ以上佐野さんが休むと復職できなくなってしまう。詳しい事情の説明は避けるが、そういう状況だった。

こちらからのコンタクトに、さすがに病院側も事態が切迫していることに気がついたのか、復職にあたっての新しい先生を用意してくれた。

佐野さんはどうやら自分と同じで、精神的にまいってしまったらしい。そのようなことを新しい先生から聞いた。

 

この新しい先生を後藤先生としよう。実は、後藤先生の診察も何度か受けたことがある。ただ、自分の精神状況、職場への恐怖や不信感を説明してきた相手は佐野さんだ。

佐野さんから引き継ぎを受けた、と言っていた後藤先生は、やはり自分の病状のことについては、ほとんどなにも頭に入っていないようだった。

彼はただ「この患者を復職させる」ということしか頭にないようで、つくづく「なんでこのタイミングで佐野さんは消えてしまったんだろう」と自分は絶望した。

 

佐野さんに半年かけて行った心理状況の暴露を一時間ほどですませ、後藤先生は復職への準備を進めていった。後藤先生の本職はおそらくカウンセラーではない。

佐野さんとのカウンセリングは毎回一時間ほどだったが、その後の後藤先生とのカウンセリングは、実質カウンセリングではなく五分ほどの面談だった。佐野さんから仕事を引き継ぎました、という顔合わせの時だけ、一時間ほどの話が出来た。

 

自分は、カウンセリングがしたかった。

佐野さんとのカウンセリングが性に合っていたのもある。

復職はする、けれど、復職をする前、復職直後、そして復職期間を終えて、通常業務に移っていく。

その過程での自分の心の動きを、他人の目で観察しておいてもらいたかった。

自分で自分のことを信用できなかったからだ。

自分にとってカウンセリングを、定期的に歯医者にいくようなものにしておきたかった。その程度にはまだ不安定だった。

 

この病院に新しくカウンセリングの先生が来るのは4月です、と言われたのは12月だった。

そこで、繋ぎになるカウンセラーを自力で探せばよかったのだが、自分が住んでいるのはメンタルヘルス後進国の日本、そしてド田舎だ。今はネットでもカウンセリングを受けられるようだが、それに頼る気にはなれなかった。

後藤先生に再度自分の状況を説明した時にもほとほと思ったが、自分の精神状況をいちから他人に分かるように説明するというのは、本当に疲弊する作業だ。そして、聞いている方も同じなのだろう。だから佐野さんは消えてしまった。

佐野さんへの一抹の後悔もあった。もちろん、佐野さんの患者は自分だけではない。だから、自分のせいで佐野さんが精神のバランスを崩したわけではないとは分かっている。それでも、佐野さん以外のカウンセラーを積極的に探す気になれなかったのは本当だ。

 

そういうわけで、簡潔に言うと(あまり思い出したくないのだが)、自分は三年近く怯えて逃げ回っていた職場の人との面談をし、復職をし、今も仕事を続けている。自分ひとりの力で。

もちろん家族の支えはあったが、肝心なところで専門家の手は借りることができなかった。

 

1月から復職し、必死にやってきた。

配慮を受けて、仕事量は同僚に比べれば少ない。だが、職場そのものへの恐怖がある状況で、職場では必死にならなければ生きていけなかった。

精神状況は良い時もあれば、悪い時もあった。

ただ、それを打ち明ける場がなかった。佐野さんがいなくなったので。

自分の不調や好調を伝え、客観的に評価してほしかった。特に、復職というデリケートな時期にあっては。

 

タイミングが悪かったとしか言えない。

結局、佐野さんは退職し、故郷に帰って療養中だという。

自分は必死に復職し、4月頃からやや精神の不調を感じるようになった。5月にようやく後藤先生を引き留め「新しいカウンセリングの先生はまだ入っていないんですか?」と聞いた。新しいカウンセリングの先生は、いつのまにか入っていた。

それでようやくカウンセリングが再開した。けれど、それでも遅かったようで、7月に入る今になっても、精神的にも体力的にも削れてすり減っていく感じがする。毎日へとへとで、とにかく仕事に行くのが怖い。

新しいカウンセリングの先生は、自分の復職に至るまでの経緯を見ていたわけではないのもあるが、あまり話も噛み合わない。

 

今日、後藤先生に「精神的にまいっている。週5勤務がつらい」と言うと「週5で辛いの?僕なんか週6勤務だよ。日曜日は学会だから、実質週7勤務。なんでつらいの?一生懸命がんばりすぎなんじゃない?自分をよく見せたい傾向があるのかな?僕なんか40パーセントの力でしか仕事してないよ」

とまくしたてられた。

 

タイミングが悪かった。

佐野さんが消えなければ。

後藤先生がもっとまともな人の心のある医者だったら。

 

自分は普通に仕事をしたいだけだ。

なのに、なぜこんなに惨めな気持ちにならなければならないんだろう。

仕事が合わないわけではない。

自分がしたいのは愚痴じゃない。

メンタルヘルスの専門家に、話を聞いてもらい、精神の不調への療法と対処法を教えてもらうことだ。なぜそれが不可能なんだろう。

毎日なんとかやっているが、限界が近いと思う。

カウンセリングに通っているひと

カウンセリングを受けている。

人生で二人目のカウンセラーだ。

自分にとってのはじめてのカウンセラーは、昨年2018年の10月に失踪したので、今年の、つまり2019年5月にやっと次のカウンセラーが見つかった。田舎でカウンセラーを見つけるのは難しい。

 

カウンセラーというのは、一人目の人もそうだったが、わりと話し方がゆっくりしていて、彼らなりのシナリオ(療法)にのっとって話しているんだろうな、というのが分かる。彼ら側の勉強をしたことはないので、憶測だが。

新しいカウンセラーにはまだ二回しか会ったことがない。カウンセラーとしての有能さを判断することはまだできない。

ただ、これは一人目のカウンセラーの時にも思ったのだが、自分は彼らの話の展開のさせ方、これからするであろう質問、こちらに求められている答え、だいたいすべて予測できてしまう。彼らと話していて、目新しいことはない。

一人目のカウンセラーとカウンセリングをしている時、自分には「復職するかどうか」という大きな課題があった。それを解決するためにカウンセリングに通っていた。

だが、カウンセラーからの劇的なアドバイスはなく、効果的な提案があったわけでもなく、自分から「復職するならそろそろ準備しないとまずいですよね?」と言った。カウンセラーは「そうだね」と肯定した気がする。

そうして復職準備を進めているうちに、彼は失踪したわけだが。

 

今のカウンセラーは、失踪したカウンセラーとはまた別の学派?なんだろう。めちゃくちゃ細かい字でめちゃくちゃメモを取っている。

自分は、話しながら、彼女のメモを取るつむじを見ながら、この人は何を考えて今この瞬間仕事をしているんだろう、と思う。

なるべく丁寧に、ゆっくりと、客観的に、患者(つまり私)に決定的な言葉を投げかけないように、話す単語を選んでいる。そういうルールのゲームらしい。

「あなたはすごく周りに気を遣って縮こまっているように感じられますね」

と、彼女は言う。

まあ、だいたいの人間がそうだろう。程度の問題だ。

程度が酷いのでカウンセリングに来ているのであって、そんなことを指摘されてもなぁと思いながら、自分はカウンセラーの斜め後ろを見ている。

 

これまで不登校になったことはありません。

学生時代のバイトも続いたし、虐待も恐らく受けていません。

いじめは受けていたような気もするけど、一瞬だったし、本人に自覚はあまりありません。

どうして仕事に行けなくなったのか。分からないんです。ただ、他人が怖くなった。

 

先生たちには、いろいろなことを話しましたが、話していないことも沢山あります。

べつに、カウンセリングでは話したくないことは話さなくてもいい。

自分とカウンセラーは、その核になる暗闇を取り囲んでぐるぐると回るような会話を続けている。

 

自分のことを自分の友達に例えて打ち明けるシーンがある。フィクションでたまに見るやつだ。

「先生。僕の友達が、親しい友達を自殺で亡くしました。友達はすごく悲しんで、でもその悲しみはひとまず置いておいて、簡潔に彼らの仲間にそのことを報告するんです。けど、」

僕の友達以外に、その親友の死を悼む人間はいないんです。

きっと僕が死んでもそうでしょう。

例えば僕が今夜自殺して、SNS(グループLINE)にそのことがシェアされます。既読はつくけれど、誰もメンションはしません。

そうしてその三か月後、そのSNSには他の参加者の結婚報告が掲載され、皆が祝福します。

 

先生、

そこのあなた、

代わりに来たあなた。

こっちを見ろ。

許せるか?

僕は許せない。

人が消え、

そのことが無視され、

カウンセリングは続く。

あなたはそのことも知らずにメモを取る。

 

自分は、いま生きている人間を、ひとり残らず許せない。

まだ連載は続くみたいだし、まだ自分は死なないようだし

「やりたくないことはたくさんあるけど、やりたいことってひとつもないんだ」

ハンター×ハンターのキルアがこんな感じの台詞を言っていた。

それを読んだ当時、確か中学生だった自分は「ふーん」と思って読み流していたが、今になってこの台詞がリフレインする瞬間がたびたびある。なぜなら、まさに今の自分が「やりたくないことはたくさんあるのに、やりたいことがひとつもない」状態だからである。

 

やりたいことってなんだろう。

大人になっていまさらそんな問題に行き当たっている。

キルアは複雑な家庭環境のせいで、十代の頃からそんな命題と向き合う必要があったが、安穏と暮らしてきた自分は今やっとこの「やりたいことがひとつもない」虚しさと先行きの見えない不安に陥っている。

やりたいことはひとつもないが、やりたくないことはたくさんある。例えば、仕事、知らない人間と会話すること、電話をすること、運動をすること、虫を殺すこと、お金のやりくり。

やりたいことはひとつもないが、好きなものはたくさんある。美味しいものを食べること、旅行すること、LDHのライブに行くこと、映画を観ること。だから、これらがつまり「やりたいこと」なんじゃないか?と思っていた時期もある。けれど、最近はそうではないと思い始めた。

「やりたいこと」というのは能動的な行為だ。上に挙げた自分の好きなものは、料理人、芸能人、業界人の成果物を享受しているにすぎない。旅行をすることだって、本当はライブで遠征したついでに、近くの観光地を巡っているにすぎない。

 

それでも自分は同年代の友人に「多趣味でいいなぁ」と言われる。皮肉かもしれない。けれど、ライブにも行かない、映画も観ない、漫画も読まない、旅行にも行かない、そんな同世代が山ほどいる。

自分は、娯楽に生かされていると言っても言い過ぎではない。それだというのに、彼ら彼女らはどうして生きていかれるのだろう。

 

そんな彼ら彼女らとの自分の会話はどんどんズレていって、上滑りになって、やがて彼ら彼女らは結婚という通過儀礼を経て、自分の人生からフェードアウトしていってしまう。

どうやら、彼ら彼女らにとっては、なんだかんだ言いながらも、生きていることそのものが「やりたいこと」のようだ(論理の飛躍が見られる)。

自分は自分の「やりたいこと」が見つかるまで、他人と自分の人生を共有し合うつもりがないのだと、だんだん分かってきた。

 

自分は「やりたくないこと」に押し潰されそうな毎日だ。

仕事は、自分で選んだものの、はっきり言って楽しくない。まったくと言って人に感謝されることのない仕事だ。別に、人に感謝されるために選んだ仕事なわけではないのだが。完璧に成果を上げて当たり前の仕事というのは消耗する。

ところで、「やりたいこと」が無いと言ったが、実はある。

小説家になりたい、というのがそれだ。今の仕事も、いつか小説家になるつもりで選んだ、特に思い入れのない業種だ。

けれど、今の時代、いつでもどこにでも自分の書いた文章をアップロードし、他人に読んでもらうことができる。小説家になりたいと思ってから(だいたい12歳頃)、自分はずっと何かしらの文章を書いていたし、何かしらの形でそれを友人に読んでもらうなり、ネット上にアップするなりしてきた。それは今でも変わらず、エッセイ、短歌、同人、小説、あらゆる形を取って発散している。小説の新人賞に応募したこともある。

だが、今に至るまで、それらが職業に結び付いたことはない。

それで気がついたのだが、自分はどうも、小説家になりたいわけではなくて、自分の書いたものを他人に読んでもらえれば、それでいいらしい。

 

ならいいじゃないか。「やりたいこと」が見返りを求めないものなら、こんなに燃費の良いことはない。

でも本当にそうなんだろうか?「やりたいこと」ってそういうものなのだろうか?

今の自分が「やりたくないことはたくさんあるのに、やりたいことがひとつもない」状態だと思ってしまうのは何故なんだろう。

自分はどうやら「やりたいこと」とは、自分をどこか遠くへ連れ出してくれるものだと信じているらしい。「やりたくないこと」から自分を遠ざけてくれる存在。

やりたいことと、やりたくないこと。

並列して考えているうちに、そのふたつは自分の人生に同時に存在してはいけないもののように感じていた。

 

 

ハンター×ハンターは一度目の長い休載から先を読んでいない(キメラアント編の途中から)。

キルアはやりたいことを見つけられただろうか。ゾルディック家から抜け出せただろうか。

あの家から綺麗さっぱり足抜けできなくても、彼なりのやりたいことを見つけて、彼のやりたくないことと上手く折り合いをつけられる時。

彼のその時と、自分がやりたくないこととやりたいこととの折り合いをつけられる時期は、そう変わらないのではないかと思っている。

ハンター×ハンターの作者はけっこうな遅筆であり、自分はそのことに救われている(あと、キルアのやりたいこと発言の伏線回収は、されない気がする)。