まだ連載は続くみたいだし、まだ自分は死なないようだし

「やりたくないことはたくさんあるけど、やりたいことってひとつもないんだ」

ハンター×ハンターのキルアがこんな感じの台詞を言っていた。

それを読んだ当時、確か中学生だった自分は「ふーん」と思って読み流していたが、今になってこの台詞がリフレインする瞬間がたびたびある。なぜなら、まさに今の自分が「やりたくないことはたくさんあるのに、やりたいことがひとつもない」状態だからである。

 

やりたいことってなんだろう。

大人になっていまさらそんな問題に行き当たっている。

キルアは複雑な家庭環境のせいで、十代の頃からそんな命題と向き合う必要があったが、安穏と暮らしてきた自分は今やっとこの「やりたいことがひとつもない」虚しさと先行きの見えない不安に陥っている。

やりたいことはひとつもないが、やりたくないことはたくさんある。例えば、仕事、知らない人間と会話すること、電話をすること、運動をすること、虫を殺すこと、お金のやりくり。

やりたいことはひとつもないが、好きなものはたくさんある。美味しいものを食べること、旅行すること、LDHのライブに行くこと、映画を観ること。だから、これらがつまり「やりたいこと」なんじゃないか?と思っていた時期もある。けれど、最近はそうではないと思い始めた。

「やりたいこと」というのは能動的な行為だ。上に挙げた自分の好きなものは、料理人、芸能人、業界人の成果物を享受しているにすぎない。旅行をすることだって、本当はライブで遠征したついでに、近くの観光地を巡っているにすぎない。

 

それでも自分は同年代の友人に「多趣味でいいなぁ」と言われる。皮肉かもしれない。けれど、ライブにも行かない、映画も観ない、漫画も読まない、旅行にも行かない、そんな同世代が山ほどいる。

自分は、娯楽に生かされていると言っても言い過ぎではない。それだというのに、彼ら彼女らはどうして生きていかれるのだろう。

 

そんな彼ら彼女らとの自分の会話はどんどんズレていって、上滑りになって、やがて彼ら彼女らは結婚という通過儀礼を経て、自分の人生からフェードアウトしていってしまう。

どうやら、彼ら彼女らにとっては、なんだかんだ言いながらも、生きていることそのものが「やりたいこと」のようだ(論理の飛躍が見られる)。

自分は自分の「やりたいこと」が見つかるまで、他人と自分の人生を共有し合うつもりがないのだと、だんだん分かってきた。

 

自分は「やりたくないこと」に押し潰されそうな毎日だ。

仕事は、自分で選んだものの、はっきり言って楽しくない。まったくと言って人に感謝されることのない仕事だ。別に、人に感謝されるために選んだ仕事なわけではないのだが。完璧に成果を上げて当たり前の仕事というのは消耗する。

ところで、「やりたいこと」が無いと言ったが、実はある。

小説家になりたい、というのがそれだ。今の仕事も、いつか小説家になるつもりで選んだ、特に思い入れのない業種だ。

けれど、今の時代、いつでもどこにでも自分の書いた文章をアップロードし、他人に読んでもらうことができる。小説家になりたいと思ってから(だいたい12歳頃)、自分はずっと何かしらの文章を書いていたし、何かしらの形でそれを友人に読んでもらうなり、ネット上にアップするなりしてきた。それは今でも変わらず、エッセイ、短歌、同人、小説、あらゆる形を取って発散している。小説の新人賞に応募したこともある。

だが、今に至るまで、それらが職業に結び付いたことはない。

それで気がついたのだが、自分はどうも、小説家になりたいわけではなくて、自分の書いたものを他人に読んでもらえれば、それでいいらしい。

 

ならいいじゃないか。「やりたいこと」が見返りを求めないものなら、こんなに燃費の良いことはない。

でも本当にそうなんだろうか?「やりたいこと」ってそういうものなのだろうか?

今の自分が「やりたくないことはたくさんあるのに、やりたいことがひとつもない」状態だと思ってしまうのは何故なんだろう。

自分はどうやら「やりたいこと」とは、自分をどこか遠くへ連れ出してくれるものだと信じているらしい。「やりたくないこと」から自分を遠ざけてくれる存在。

やりたいことと、やりたくないこと。

並列して考えているうちに、そのふたつは自分の人生に同時に存在してはいけないもののように感じていた。

 

 

ハンター×ハンターは一度目の長い休載から先を読んでいない(キメラアント編の途中から)。

キルアはやりたいことを見つけられただろうか。ゾルディック家から抜け出せただろうか。

あの家から綺麗さっぱり足抜けできなくても、彼なりのやりたいことを見つけて、彼のやりたくないことと上手く折り合いをつけられる時。

彼のその時と、自分がやりたくないこととやりたいこととの折り合いをつけられる時期は、そう変わらないのではないかと思っている。

ハンター×ハンターの作者はけっこうな遅筆であり、自分はそのことに救われている(あと、キルアのやりたいこと発言の伏線回収は、されない気がする)。